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2006年1月20日 (金)

考えてみればあたりまえ

桐生悠々という人がいます。「信濃毎日新聞」の記者で、たしか大正から昭和にかけて、反戦の論陣を張って、軍部の圧力に抵抗しぬいた、一流の記者です。

現在でこそ、「反戦・平和」というのは、あたりまえっちゅうか、戦争好きな人は白い目でみられるっていうか、一つの「常識?」みたいな感じになってますが、それってやっぱブームなんじゃね?って思うわけで。

ほら、日本のいわゆる若者ってブームに弱いじゃないですか。猫にまたたびくらいの勢いでとびつくじゃないですか。とびつかなくても、そういう話題には敏感に反応するじゃない。

戦時中のブームは「神風」「天皇」「欲しがりません 勝つまでは」だったわけで、「反戦・平和」なんて訴えようもんなら、治安維持法でパクられちゃったわけで。(極端な話しね)

そんな中、この桐生悠々は「関東大防空演習をわらう」という記事を書いたんです。この大演習というのは、敵機が制空権を手中におさめ、この関東に乗り込んだときに、竹やりかなんかを投げて撃墜しよう!!みたいなアナログなもんなのですが、悠々は、それ以前に、敵に制空権を奪われるような状態になったら、それはもうほぼ負けているような状態なんであって、要はそうならないようにすることが大切で、乗り込んでくるときに備えて練習するなんてナンセンスだ。と、訴えたんです。

そりゃそうだ・・・

ただ、この時代背景を考えたときに、全国紙がこぞって戦争を賛美していた時代に、こういうことを書けるっていうのは、ものすごい勇気と責任感があったんじゃないかと感じられるわけです。

平和とかって、その状態をさすのではなく、それを希求し、戦争・暴力を否定する精神・闘いのことなのではないか、と考えるわけです。(別に護憲!とか改憲!とか言わないですが・・・ )

その平和は、憲法で保障されていようが、ボーダレスになろうが、いつでも侵される危険があるわけで、それを忘れて、平和を希求する精神を失っていることが、真に恐怖されるべきことなのでは、と考えます。

真実に平和を願う心、戦争を嫌う心を常に持ち続けられるかどうかが、未来の平和を創り出す重要な鍵になってくるのではないかと・・・

ミサイル防衛なんかも、悠々に言わせれば、「撃たれてからじゃ遅い!」なわけで、そうならないようにするための努力(対話とか、民間外交とか・・・あるじゃないっすか)が、大切なんじゃないかって。

酔っ払いながら考えたわけです。

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コメント

はじめまして!読んでて面白かったです。
オレ、ミサイル防衛について勉強しています。
もしよろしければ、オレのブログに遊びに来てください。

投稿: コウタ | 2006年1月28日 (土) 07時41分

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思いっきりお腹の底から笑ったら、嫌な事も吹っ飛んじゃった。笑顔は周りの人たちにも伝染するしね。辛いときこそ思いっきり笑っちゃお!! [続きを読む]

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